デジタル教科書から学ぶべきこと
東日本国際大学経済経営学部
日本テスト学会第24回大会(2026年9月)発表論文
CBTは,全国学力・学習状況調査など学校教育で急速に普及している.CBTは採点や運営を効率化するだけでなく,多様な出題形式や受験環境を可能にすることから,今後さらに利用範囲が拡大すると予想される.
一方で,CBTの普及に伴い,試験のアクセシビリティをどのように確保するかが国内外で重要な課題となっている.日本では障害者差別解消法により,障害のある人に対する合理的配慮の提供が求められている.さらに欧州では European Accessibility Act (EAA) が施行され,デジタルサービス全般についてアクセシビリティの確保が法的要件となった.
試験では,測定したい能力とは無関係な要因によって受験者が不利になることは望ましくない.知的発達に遅れはないが文字を読むことに困難がある受験者は,問題文を時間内に読むことができず,本来測定したい能力を十分に発揮できない場合がある.文部科学省によれば,このような児童生徒は通常の学級において3.5%に達し,約30人学級に1人の割合で在籍している.
CBTは,音声読み上げ,文字サイズや配色の変更などの支援機能を提供することにより,この問題を改善できる可能性を持つ.しかし,現状では支援機能を十分に備えていないCBTも少なくない.適切に設計されなければ,CBTは紙試験よりも画一的な試験となりかねない.その結果,文字を読むことに困難がある受験者に対して,必要な合理的配慮を提供できなくなる恐れがある.
本論文では,通常の学級において文字を読むことに困難がある児童生徒を対象として,デジタル教科書における支援機能,Webアクセシビリティの基本原則,およびQTI 3を踏まえ,CBTに求められるアクセシビリティについて考察する.
学校教育では,文字を読むことに困難のある児童生徒に対する支援が,長年にわたって行われてきた.日本における先導役となったのはDAISY教科書である.図1にDAISY教科書の一つであるChattyBooksの画面を示す.DAISY教科書では,文字サイズの変更,前景色・背景色・ルビ色の変更,ルビ表示の切り替え(総ルビ/パラルビ/ルビなし),分かち書き表示,行間・字間の調整,読み上げとハイライト表示など,読書困難児の特性に応じた多様な支援機能が提供されている.
DAISY教科書の利用は2008年頃から始まり,2025年度の利用者は約3万5千人に達した.しかし,これでも支援を必要とする児童生徒全体からみれば10%程度の普及率に過ぎず,今後も利用拡大が見込まれる.DAISY教科書の考え方と支援機能は学習者用デジタル教科書にも取り入れられており,通常の学級におけるアクセシビリティの基盤となりつつある.
DAISY教科書・デジタル教科書で実現されているアクセシビリティ機能は,Webアクセシビリティの考え方に基づいて実現されている.したがって,CBTのアクセシビリティを考えるためには,まずWebアクセシビリティの基本原則を理解する必要がある.
今日のWebでは,一つのコンテンツを利用者の特性に応じて異なる形で提示することが基本となっている.Webアクセシビリティの国際標準であるWCAGも,この考え方に基づいて設計されている.
アクセシビリティとは,利用者全員に同一の表示を押し付けることではない.また,異なる表示のために利用者ごとに別々のコンテンツを用意することでもない.一つのコンテンツを基に,文字サイズ,配色,フォント,行間・字間,ルビ表示,音声読み上げなどの提示方法を利用者の特性に応じて変更することである.
前節で紹介したDAISY教科書も,Webアクセシビリティの基本原則に基づいて設計されている.一つの教科書コンテンツから,読書に困難のある児童生徒の特性に応じて適切な提示方法を提供できるようになっている.
学校教育におけるCBTの代表例として,本節ではMEXCBTを取り上げる.MEXCBTは全国学力・学習状況調査をはじめ多くの自治体で採用されており,日本の学校CBTを代表するシステムの一つである.
NPO法人「読み継ぐ書物のアクセシブル図書館」は,情報公開請求により北海道,京都府および千葉県のMEXCBT問題を入手し,アクセシビリティの観点から分析を行っている.とくに,問題文や選択肢等に含まれる文字の画像化率を算出している.ここでいう文字の画像化率とは以下の通りである.
その結果,問題文等に含まれる文字の画像化率は,京都府(京都府学力・学習状況調査)で60%以上,北海道(ほっかいどうチャレンジテスト)でほぼ40%,千葉県(ちばっ子チャレンジ)でほぼ10%であることが示されている.これらの値は,文字の相当部分が画像として提供されていることを示しており,Webアクセシビリティの観点から看過できない水準にある.
文字が画像化されると,文字サイズ,フォント,配色,行間・字間などを利用者側で変更できない.また,ルビ表示や音声読み上げなどの支援機能を利用することも困難になる.すなわち,画像化文字を多く含んだCBT問題は,一つのコンテンツを利用者の特性に応じて提示するというWebアクセシビリティの基本原則に反する.また,文字は可能な限り画像ではなくテキストとして提供すべきとするWCAG 2.2の達成基準1.4.5(文字画像)の趣旨とも整合しない.
国立教育政策研究所は,全国学力・学習状況調査CBTのサンプル問題として,通常版のほか,拡大文字問題およびルビ振り問題という二つの配慮版問題を公開している1.これは,利用者の特性に応じて提示方法を変更するのではなく,利用者ごとに異なる問題コンテンツを作成する方式が採用されていることを示している.
しかし,前節で述べたように,アクセシビリティとは,利用者ごとに異なるコンテンツを作成することではない.一つのコンテンツを利用者の特性に応じて提示することによって実現されるものである.DAISY教科書やWebコンテンツでは,この考え方に基づき,一つのコンテンツから利用者ごとに適切な提示を実現している.
利用者が必要とする提示方法は,文字サイズ,フォント,色,行間・字間,ルビ表示,音声読み上げなど極めて多様であり,その組合せは事実上無数に存在する.こうした多様な要求すべてに対応した問題コンテンツを個別に作成し維持することは現実的ではない.また,複数の問題コンテンツを維持すると,内容の同一性を保証することも容易ではない.したがって,利用者ごとに問題コンテンツを用意する方式ではなく,一つの問題コンテンツから利用者の特性に応じた提示を行う方式が望ましい.この点においても,現在のMEXCBTは,Webアクセシビリティの設計原則とは異なる方式を採用している.
CBTのアクセシビリティは,同一の問題コンテンツの提示方法を利用者の特性に応じて変化させることによって実現されるべきである.この考え方は,WebアクセシビリティやDAISY教科書で既に確立されており,今後のCBTもこれを基本原則として設計されることが望ましい.そのためには,少なくとも次の三点が重要である.
CBT問題は,同一の問題コンテンツから,利用者の特性に応じて異なる提示を生成できるよう設計されるべきである.提示には,文字サイズ,フォント,色,行間・字間,ルビ表示だけでなく,音声読み上げなども含まれる.このため,問題コンテンツは構造を持ったテキストを中心として作成する必要がある.文字を画像化してはならない.
この方式を採用することにより,一つの問題コンテンツをすべての受験者が共有しながら,利用者ごとに適切な提示を提供し,必要な合理的配慮を実現できる.また,問題内容の同一性を維持したまま,多数の配慮版問題を作成・管理する必要もなくなる.
前節で述べたようなアクセシビリティを実現するためには,CBTシステムの基盤技術も重要である.利用者の特性に応じた提示を実現するためには,受験者ごとの表示設定や支援機能を管理できる仕組みが必要となる.
QTI 3では,Personal Needs and Preferences (PNP) により,受験者ごとに文字サイズ,配色,ルビ表示,音声読み上げなどの提示方法をあらかじめ指定できる.一つの問題コンテンツから利用者の特性に応じた提示をただちに実現できるのは,このような仕組みが用意されているためである.
QTI 3は,Webアクセシビリティ技術との親和性が高い.QTI 2にもアクセシビリティに関する規定は存在するが,その範囲は限定的であり,今日求められる多様な支援機能を十分に支えることは困難である.
QTI 3は2022年に国際標準として公開され,その後も実装や運用が進んでいる.2026年現在では,実績不足のみを理由にQTI 2を採用するのではなく,アクセシビリティ対応のためにQTI 3を採用することが望ましい.
日本語によるCBTでは,日本語の特性そのものを考慮する必要がある.日本語では,漢字・かなの混在,文節構造,ルビ,縦書き・横書きなど,欧米言語には存在しない課題がある.これらは,読字障害のある児童生徒だけでなく,日本語学習者や高齢者にとっても読みやすさに大きく影響する.そのため,日本語テキストのアクセシビリティは,CBTアクセシビリティの重要な構成要素である.
著者が提案準備中の Japanese Accessibility Requirements for the Web (a11y-req-ja)は,このような日本語特有のアクセシビリティ要件を体系的に整理することを目的としている.CBT問題を設計する際にも,このような知見を取り入れ,日本語の特性を踏まえた提示方法や問題文の設計を行うことが望まれる.
本論文では,通常の学級に在籍する読書困難児を対象として,CBTアクセシビリティの基本的な考え方について論じた.CBTのアクセシビリティは,利用者ごとに異なる問題コンテンツを用意することではなく,同一の問題コンテンツを利用者の特性に応じて提示することによって実現されるべきである.この考え方は,Webアクセシビリティ,DAISY教科書およびQTI 3に共通する設計原則であり,今後の学校CBTにおいても基本となるべきと考える.
一方,CBTのアクセシビリティは学校教育だけの課題ではない.司法試験,公務員・企業の採用試験,各種資格試験など,広く社会で利用されるCBTにおいても,受験者が公平に能力を発揮できる試験環境の実現が求められる.特に,音声読み上げは読書困難のある受験者だけでなく,全盲や弱視の受験者にとっても重要な支援機能である.本論文で示した設計原則は,学校教育に限らず,多様なCBTに共通する基盤となることが期待される.
文部科学省(2022)「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」。
W3C(2024)“Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.2”。
1EdTech Consortium(2022)“QTI v3.0 Specification”。
日本障害者リハビリテーション協会「DAISY教科書」。
文部科学省「学習者用デジタル教科書について」。
国立教育政策研究所(2026)「全国学力・学習状況調査CBTサンプル問題」。
読み継ぐ書物のアクセシブル図書館「CBTのアクセシビリティを情報公開請求から調べる」。
村田真「Japanese Accessibility Requirements for the Web(a11y-req-ja)」。
もう一つの配慮版として,スクリプト表示問題がある.これは,スピーキング問題に代わる評価方法を提供するものであり,本稿で対象とする提示方法の変更とは性質が異なる.↩︎